能・歌舞伎・狂言・謡曲などで語り継がれている「土蜘蛛」。
土蜘蛛といってもピンとこない方も多いと思うが
狂言なんかで蜘蛛の糸をパッと散らす演目といえばお分かりか。
古典芸能に携わっている方々にはおなじみである。
この物語は平安時代の史実に基づくものと考えられるが…
最近では、京都の魔界伝説ととらえられてそういう恐い本の中にしか登場しないのであるが、過去にはすごくポピュラーな事柄として認識されていたに違いない。
なぜなら江戸時代の版画に描かれているからだ。
鳥山石燕(とりやま せきえん)をご存知だろうか?
江戸時代に妖怪をモチーフに風刺も含めていろんな絵を排出している。
その中に土蜘蛛も登場してくる。
その絵も面白いが、そこに書かれている文章もまた当時の風俗や洒落な考え方を感じ取ることが出来て大変面白い。
土蜘蛛にいたっては、その物語は女・子供でも知っていると書かれているのである。
魔界伝説が現在のEXILEやAKBと同じくらい人気があって、それを人びとが楽しんでいた様が伺い知れる。
ご存じないと思うがこの物語は前太平記の剣の巻というのがベースになっている。
平安時代に鬼や妖怪・魑魅魍魎を退治した際に使われた刀のエピソードとして書かれているものである。一条戻り橋の鬼女伝説・大江山の酒呑童子・羅生門の鬼・土蜘蛛などがあげられる。
主人公は源氏の源頼光とその部下の四天王
四天王には鬼退治で有名な渡辺綱と金太郎が大人になって坂田公時と名乗った人物などがあげられる。
ここで私が注目したのは謡曲 土蜘蛛で土蜘蛛が名乗った口上である。
汝知らずや我昔、奈良の葛城山にて年を経し土蜘蛛の精魂なり
というくだりを聞き、これこそが古代豪族葛城氏を指すと認識したわけだ。
そこでこの一連の鬼や妖怪退治は民族間の戦争を表していると解釈したわけで、そういうことで妖怪というものが人のイメージによって創られたものだという考えにたどり着いたのである。まあ妖怪の起源というのはそれだけではないが。
それもただ単に朝廷とその反勢力との戦いではなく、民族の差別という意味でもあったのだろう。
古代の豪族・葛城氏を土蜘蛛族とよんだ経緯は 葛城山という山を要塞にしたてたり、穴を掘って仕掛けを作り、奇襲攻撃をしかけたりと、その戦い方が土蜘蛛のようであるとともに、その容姿も胴が短く手足が長い民族だったので歩く後ろ姿が蜘蛛を彷彿させたとの説もある。。何れにしても当時の日本人とは人種が違ったのだろう。
そう考えれば天狗は鼻の高い外国人。鬼は体躯のいい外国人。狐は色の白さと細面の点から白人であったのだろう。
平安時代のそういう伝説や伝承は外国人を表していた可能性が多いにあると考えてよいのではないか?
そしてそれを排除したり、差別したりというのを伝説や手柄として世間に公表したのではないだろうか?
そういうように歴史を裏から手繰っていくと、表からでは見えない歴史も見えてくるというわけだ。それに自分のルーツなどが関わってくると、これはもう面白い。
現在の歴史にはいろんな説があるので、自分なりの歴史を考察していくのも結構面白い。そういうのを楽しんでいると毎日が発見の連続であるし、そのネタがいっぱい転がっている京都はまさにワンダーランドなのである。
土蜘蛛といってもピンとこない方も多いと思うが
狂言なんかで蜘蛛の糸をパッと散らす演目といえばお分かりか。
古典芸能に携わっている方々にはおなじみである。
この物語は平安時代の史実に基づくものと考えられるが…
最近では、京都の魔界伝説ととらえられてそういう恐い本の中にしか登場しないのであるが、過去にはすごくポピュラーな事柄として認識されていたに違いない。
なぜなら江戸時代の版画に描かれているからだ。
鳥山石燕(とりやま せきえん)をご存知だろうか?
江戸時代に妖怪をモチーフに風刺も含めていろんな絵を排出している。
その中に土蜘蛛も登場してくる。
その絵も面白いが、そこに書かれている文章もまた当時の風俗や洒落な考え方を感じ取ることが出来て大変面白い。
土蜘蛛にいたっては、その物語は女・子供でも知っていると書かれているのである。
魔界伝説が現在のEXILEやAKBと同じくらい人気があって、それを人びとが楽しんでいた様が伺い知れる。
ご存じないと思うがこの物語は前太平記の剣の巻というのがベースになっている。
平安時代に鬼や妖怪・魑魅魍魎を退治した際に使われた刀のエピソードとして書かれているものである。一条戻り橋の鬼女伝説・大江山の酒呑童子・羅生門の鬼・土蜘蛛などがあげられる。
主人公は源氏の源頼光とその部下の四天王
四天王には鬼退治で有名な渡辺綱と金太郎が大人になって坂田公時と名乗った人物などがあげられる。
ここで私が注目したのは謡曲 土蜘蛛で土蜘蛛が名乗った口上である。
汝知らずや我昔、奈良の葛城山にて年を経し土蜘蛛の精魂なり
というくだりを聞き、これこそが古代豪族葛城氏を指すと認識したわけだ。
そこでこの一連の鬼や妖怪退治は民族間の戦争を表していると解釈したわけで、そういうことで妖怪というものが人のイメージによって創られたものだという考えにたどり着いたのである。まあ妖怪の起源というのはそれだけではないが。
それもただ単に朝廷とその反勢力との戦いではなく、民族の差別という意味でもあったのだろう。
古代の豪族・葛城氏を土蜘蛛族とよんだ経緯は 葛城山という山を要塞にしたてたり、穴を掘って仕掛けを作り、奇襲攻撃をしかけたりと、その戦い方が土蜘蛛のようであるとともに、その容姿も胴が短く手足が長い民族だったので歩く後ろ姿が蜘蛛を彷彿させたとの説もある。。何れにしても当時の日本人とは人種が違ったのだろう。
そう考えれば天狗は鼻の高い外国人。鬼は体躯のいい外国人。狐は色の白さと細面の点から白人であったのだろう。
平安時代のそういう伝説や伝承は外国人を表していた可能性が多いにあると考えてよいのではないか?
そしてそれを排除したり、差別したりというのを伝説や手柄として世間に公表したのではないだろうか?
そういうように歴史を裏から手繰っていくと、表からでは見えない歴史も見えてくるというわけだ。それに自分のルーツなどが関わってくると、これはもう面白い。
現在の歴史にはいろんな説があるので、自分なりの歴史を考察していくのも結構面白い。そういうのを楽しんでいると毎日が発見の連続であるし、そのネタがいっぱい転がっている京都はまさにワンダーランドなのである。
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