桃山、江戸の時代より、茶会で名品を拝見した際、その感動を忘れないうちに絵にして残すのは自然なことでした。
このほど、京都の野村美術館さんのご好意で、ご所蔵の名品をじっくり観察し、描き写すことを許されました。
毎月、一品ずつ。しっかりと見どころを表せるよう努めます。
──田端志音
今回は、朝鮮で焼かれた高麗茶碗の一種である「井戸茶碗」です。京都の西本願寺に伝わったことから「本願寺井戸」と呼ばれています。最初に拝見したとき、箱から出てきた茶碗の大きさに驚きました。手のひらを目いっぱい広げたぐらいの大きさの口径で、実にたっぷりとしています。高台は井戸茶碗にしては低めで、これは祭器として使われたというよりも、ごく日常のための菜を盛った器ではないかと考えられています。
取材・文=松原麻理
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- 「本願寺井戸」の高台の絵
- 「本願寺井戸」 の特徴を捉えた、見込みの絵
- 「本願寺井戸」の制作状況を志音さんが推測した絵
- 上記含め、志音さんが描いた「本願寺井戸」についての絵、計4枚 (残り983文字)
見込みにはろくろを引いたときに添えた指の跡が残っていますが、表側には指の跡が残っておらず、ツルッと滑らかな仕上げになっています。作り手として想像するに、表側には鹿皮や布切れをあてがって、ろくろを引き上げたのではないでしょうか。
全体に結構、貫入やひびが入っており、漆で繕ってあります。わざわざ金で繕わなかったのは、この茶碗の侘びた風情を金ピカな印象で壊したくなかったからかなと想像します。
見込みには目跡が5つあり、道具土を挟んで器同士がくっつかないように重ねて焼かれたことがわかります。また茶碗の高台の、畳に触れる部分の釉薬はぬぐってあるので、重ね焼きしたときにこの茶碗をいちばん下にして重ねたのではないかと思われます。釉薬をぬぐっておけば、棚板とひっつくことはないわけです。この茶碗は大ぶりなので、重ね焼きの一番下にあったというのも自然な感じがします。
高台の中と高台脇には見事に細かいカイラギが出ています。カイラギとは、釉薬が溜まって分厚くなったところが窯の中で焼かれて溶けて、ブツブツと玉のようになった状態のことをいいます。この茶碗では、エイ皮のようにきめ細かなカイラギが出ています。それは粘土のきめの細かさに由来するのだと思います。高台をかんなで削ったときにガザガザと土がささくれ立ちますが、粘土が細かければその縮緬じわも細かくなるので、そこに釉薬が溜まるとカイラギの出方も小さな粒状になるわけです。
茶碗の表側にもカイラギの筋が見えますが、これは茶碗の高台を持って釉薬の中につけ、表に返したときに、表側に余分な釉薬がたらりと垂れて濃く溜まり、そこがカイラギ状になったのでしょう。
大変たっぷりとした、恰幅のよい茶碗ですが、豪快さや力強さよりは、堂々とした落ち着きや、静けささえ感じさせる名碗です。
野村美術館とは……
古より多くの政財界人が別荘を構えた地として知られる、京都・南禅寺界隈にある美術館。野村證券、旧大和銀行などの創業者である二代目野村徳七(号得庵)のコレクションをもとに、1984年に開館。茶道具・能面・能装束ほか、得庵の遺作も含め約1900点にのぼる収蔵品は、重要文化財7件、重要美術品9件を含む。得庵コレクションを中心に、春季(3月上旬~6月上旬)と 秋季(9月上旬~12月上旬)の年2回、テーマ展示を行っている。
※野村美術館では現在、2022年春季特別展「利休茶の湯の確立」が開催中です。会期は2022年 6月 5日(日)までを予定していますが、状況によって変更の可能性もあります。最新情報は野村美術館のウェブサイトでご確認ください。
■田端志音さんの公式サイト
志音窯 田端志音
軽井沢に陶房を構える、陶芸家・田端志音のウェブサイト
◎連載「茶の湯草紙」はこちらからまとめてご覧いただけます。